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すげぇ!!(2008年07月12日分)

久しぶりにテレビを見た。つまり久しぶりにCMをみた。
全然ちげぇ!!見てたころと全然ちげぇ!!
なかなかセンスよくなってる!!

青と緑が多い気がする
みんな疲れてるからかなぁ

自画自賛の後始末(2008年07月12日)

あたりまえだが。

自画自賛はとても便利なもので、まったくもって『オレツエー!!』で爽快でもうこの世の何者も関与する余地がないほど楽しいわけだが、その後に必ず冷静に見る癖をつけないといけない。自分の場合は、ある程度描き終わってからそれを行う。じゃないと絵を描いてても苦痛なだけだ。楽しく描いた方がいいに決まってる。


冷静に見ることは、周りにズバズバとダメ出しをしてくれる人間がいない場合はなおさら大事だ。

成長が止まってしまう。



自分の描いた絵を1週間くらい見ないでおいて、あらためて見ると、より冷静に判断できるかもしれない。
『昔描いた絵がヘボく見える』
『前のより、今回描いた絵のほうがうまい!!』
というのは、絵を描いている人なら誰でも感じることだろう。
実はやっと前に描いた方の絵が、冷静に見れるようになった証拠。そこで直せる部分を直していくか、あるいは次の作品ではそこを気をつけて描いていかなければ成長は望めないだろう。


こんなことを日記に書いたらみんなが絵がうまくなっちゃうな~
それはいいことだろうな。


前の日記(mixiのみ)のパンフの、(主に)文字を例に自己評価してみよう。



手書き文字が少なくなった今、基本的に描き文字も絵も目に飛び込んできた瞬間は、まずそのバランスや雰囲気を見られるのではなかろうか。

印刷したものが手元にあるのだが、モニターで見るのとあまりにも雰囲気が違うのでちょっとやりづらいな・・・あくまで今回はモニターで見えるものについて評価していこう。

まず、パンフだから遠くで見るわけじゃないからだけど字が細すぎる!!(印刷物ではちょうどよく見えた)
夏の字の真ん中付近がもうちょっと何とかできたはず!!”祭り”に対して”自”の部分がちょっと左により過ぎだな。

点数をつけるなら”祭”の字は80点!!(なんて高得点!!)
あとの字は単体では成立しないので評価外。ただし、すべての文字のバランスの中でいかに引き立て役として活躍できているか考えれば、”夏”と”り”には50点以上はつけれるだろう。

夏の文字の下の足がうんと長いのはもちろん計算によるもの。
上の部分が左よりなのでそれとのバランスを考えれば最適解(いや、”田沢の”が乗ってやっとバランスを保っている、かな。)。しかし、”夏”という本来主張すべき文字を、ここまで引き立て役、脇役にしてしまったことは、かなりあすむの性格がネジ曲がってるか、ちょっと補正しかねるところまできているかもしれない。逆に斬新ゆえに目にとまるかもしれない。

ちょうちんと文字の交錯する部分はちょっとうるさすぎるかもしれない。
”り”の文字を、この性格の悪い女の子にグイグイ引っ張らせたら面白かったかもしれない。性格の悪い女の子に、性格の悪さを漫画的に誇張させるかしないかは自由だ~!!
”この子の性格が悪い”のと”夏祭り”の関係が見えてこないので、このままでいいか。

やはり書き文字でない文字をどこかに入れないと、キリっとしないな。



世間との比較。たぶん痛い目を見るが重要だと思う。ジャンル不問。
夏祭り、祭りですぐに思いつくのが3つしかないのはひどいな・・・

1、き~み~が~いたな~つ~は~♪っていう歌とこの絵を比較。
あの歌よすぎるよな~・・・あの歌を100としたらこの絵は1にも満たないかもしれないTT

2、太鼓の達人・ω・。
やはりあれも相当完成度が高い。あのゲームを100としたら、2くらいか。”祭”の文字だけで2つけました。

3、祭りのあと(サザン)
100としたら0に近いな。

やはり世の中に残るものというのはそれだけエネルギーがあって完成度の高いものなのだろう。という、・・・なんだか自分の絵の評価などどうでもよくなってきたな。

制作活動と株取引(2008年06月27日分雑記)

より濃密な芸術活動をするための時間を得るにはどうしたらいいか



*話半分でご覧くださいませ。あるいはただの物語です。



われは考えた。もっと早く考えなきゃなんなかったかもしらん。他人に迷惑を極力かけずに、絵を一生描きつづけるために、法的に許される、いかなる手段を使ってでも、もっと自由にノビノビと心配事を極力減らし、おおいに制作活動に専念したい!!専念できる環境を手に入れるためにはど~したらいいかを。
絵だけでなく漫画も描くかも知らん、イラストも描くかも知らん。
そういった作品で誰かが喜んでくれたらそれは嬉しい。が、それ以前に、その作品がMAXな力を出し切って描いた作品でなければど~にもこ~にも気に入らん。
昔はごく当然のことのように、MAXで描いたものを人に見せてきたと思う。そういった作品について「おお~いいな~・ワ・」と言われれば最高。「なんじゃこりゃ」と言われても、まぁそんなときもあるさてなかんじ。しかし、中途半端な作品を描いてそれを他人に見せたときに誉められたときの、なんともいえないガッカリな気持ちというのがど~にも拭い切れない。こりゃだめだって言われれば「なんだ、やっぱ頑張って描いたものじゃないとだめか~」ってなるんだけど頑張って描いてないもんだから、どう相手に弁解したらいいのかも見当もつかない。「いや~、これはちょっと時間がなくて・・・」んなこと言いつづけてるうちに、どんどん小さくなってく気がしてならない。最近のわれは言い訳ばかりだ。

それもこれも外界の変化が大きく起因している。大学を卒業してからだろう。もう1年くらい留年したほうがまだ心は穏やかだったかもしれない。留年を理由になんでも都合よく逃げれた。まぁそんな身勝手が許されるはずもない。
自分はこう見えてもかなり、他人の言動や視線が気になる人間なので、ここにきて世間の目、親の目、大学出たのに定職にもつかない愚かな子供を育てたという親に対する世間の目がとても痛い。絵描くんだからしょうがない!!と言ってかなり強い外壁を心の中に形成してきたつもりではあるが、それでもなお、強くハンマーでドカンドカンとやられる。外からだけならば絶えられるであろうこの衝撃も、実は自分の中からも同じように、むしろそちらのほうが日に日に大きくなるのではないかと思える。所詮はひとりの人間でしかない自分を実感する。
天才と呼ばれる人たちは、この『世間』という圧力を自分の意志で、あるいは天然キャラ的に遮断できる人たちなのではないかとつくづく思う。


われは、「絵を描けば何とか生活する分くらいは稼げるだろう」と、過剰なまでの自信を持っていたため、またそれ以外の壁など存在しないだろうと思っていたため、まさかこういう現実に直面するとは予期していなかった。
『世間の圧力』を自分の力で遮断できていたという感覚は、実は周りの人たちの寛大さや、あきらめや、大学というモラトリアムが許される場所、偶然そういった環境だったということに過ぎない、錯覚だったのではないか。絵が好きな美大生も、大学卒業したからといって画家になれないのは、そこら辺が問題なのではないだろうか。


となれば、再びそういった環境を確保しなければならない。確保しなければ中途半端な作品作りを一生することになるのではないか。

われには、『あの無鉄砲な人間が5年経ったら成功してスゲ~有名になったってよ!!』なんていわれるほどの無鉄砲なことは、到底できない。本当はメチャメチャ現実的な人間なので、要するにビビリなので、リミッターが外れるはずもなく、また、完璧な愚か者でも完璧な天才でもないので、はたはた悩んだ。絵がこんなに好きなのに田舎から都会にさえ出て行けない小心者だ。



足りないのはお金だ!!!!(なんかヤな感じだけど。)どんなに質素でもいいが一生分の生活費が必要だ!!

いつもの画家さんは言ってくれた。「俺の絵を売って来い!!」
泣けてきた。だが断る!!゚皿゚*こんな人間に金を出してはいけないですよ画家さん。それに金なんかでは到底買えない大事な心構えみたいなものをいつも教えて貰いすぎている!!もう返しきれないほどに。そしてその画家さんはいつもおっしゃる、「次はおまえが下の世代にそれを伝えていけ」と。絵も人間的にも歴史に残る画家さんだ。なんてことだ。
親も言ってくれた。あまりにも自分が鬼気迫っていたからだろう。なんて幸せなんだ。言葉も出ない。


でもだめなんだ。誰かに借りを作ると間違いなく意味がない!!自力で資金を確保しないと絶対的なものに到底なりえない。

ある絵の会のご婦人は「もっとしたたかになったらいいのに」とおっしゃった。なにが自分をこんなにかたくなに『自分の力で!!』ってさせるのかはわからない。もっと力を抜ければ楽なのに。



そこで辿りついたのがカブ!!!株取引!!

何でそこに行くの!?って思う方もいるでしょう。でもマジなんだ。われはマジなんだ~!!゚皿゚*!!
嗚呼、悪い先輩がスロットは儲かるなんて言いながらスロットを抱えて待っている。嗚呼、ネット上に落ちているアリフィなんたらだのよからぬ儲け話が手招きしている。
だがそれらはいくら検証してみても財を築くに値しない。運に頼らざるを得ない部分が少しでもあるならば財を気づけるのは運のいい少数派でしかないのだ。

・ある先輩が言った。「おまえ、方向間違ってるんじゃないか?真面目に働け!!」。とても的を得ている、先輩の優しい忠告だ。

・漫画の先生は言った。「絵が好きだから描いてるんだろ?金なんて頑張ってりゃついてくる」。その前にのたれ死ぬ可能性があるなら、芸術活動など少なくともわれには不可能だ!!

・いつも話している画家さんは言った。「借金してでも男ならやらなきゃならんときがある!!」成功者様、われはそんな強気にはなれません><

・村上春樹の小説の中の主人公は言った。「芸術活動には奴隷制度が必要だ」・・・時代が違う!!

・ある後輩が言った。「センパイ、株なんてもう人生の終わりって感じですよ」゚皿゚*チキショ~!!だが確かに・ω・`

・株と聞いただけで顔をしかめる大多数。「勉強しました?」と問いたい。



芸術活動には奴隷、もしくは協力者が必要なんだよ!!だがこれを自分に当てはめれば奴隷は『自分自身』であり、協力者はやはり『自分自身』しか適任がいない!!

自分が奴隷のように働き、自分が資金を出して、自分が自由に時間を使い絵を描く、これが可能ならばのびのびと絵を描いて行けるだろう。株取引にはその可能性がある。




で、調べた。大学に入る時よりも熱心に勉強した。幸い数学だけはちょっと得意だ。大学で遊んだ分の何倍勉強したか。さらにシュミレーション取引も沢山つんだ。ゲーム世代万歳、ほとんどそこは苦にならない。実際の小額取引も1年半、1日も欠かさずやった。



ん!?ついにきたか?
バックトゥザフーチャのドク・ブラウンの言葉を引用すれば
「そこであるビジョンが見えた!!フラックスキャパスター!!」


株とは何か。
満が一にでも人生を棒に振るようなものであれば、それは手を出してはならない。しかし、企業が成長するため、そして良い製品つくるために資金確保の場として利用している株取引。なぜこれが個人投資家が行うと、世間では危険、暗いイメージが付きまとうのか。
遺言に「株にだけは手を出すな」と書いたという人がいるほどに危険なのか。

バブルとは何か。バブル崩壊とは何か。バブル崩壊の経験は生かされているのか。全く予期できなかったのか。高度成長期に、今だ!!とばかりに工場を拡大していった企業、成長はずっと拡大すると思い疑わなかったその時代の人々、大多数。必ずやってくる景気の波に対応しきれないほどその大きさは肥大し、破錠。


投機ではなく投資である以上、ギャンブルとは違い、最も資金確保に有用なのは明らか。もし上手くいったら、将来、その分社会に貢献していけばいいではないか。

決まり!!ってな具合。


自分の頭の中でも賛否両論。

だが最後に社会に貢献するという使命を背負うことで、われはこの行為を正としよう。そう心に決めた。





株取引を実際行ってわかったことは、とても多いのですが、株は日本経済の縮図、とはよくいったもの。毎日のように個別銘柄はもちろん、日経平均やダウ平均などを見ていると、こんなアマちゃんな自分でも少しずつ見えてくる。原油高騰の影響や中国の影響が日本経済にも如実に反映される。グッドウィルのニュースが流れればグッドウィル株は当然のように寄り付きからストップ安。それだけではなく新興市場と呼ばれるところまで、株の値動きが鈍り波紋が広がる。生々しくチャートや出来高に反映される。本来ならグッドウィルと全く関係のない会社の株が新興市場というひとつのまとまりと見えてしまう投資家の心理によってチャート、つまり株の値段に反映されるなど、かなり不思議と言ったら不思議なことだ。オンライントレードが誕生し、手数料の自由化によって流行りだしたデイトレーダーなどによって行われる活発な取引での、人間の心理的要素が株価に大きく影響するという現実。
面白いのが『自分の欲望を甘く見ない』ことこそが『投資』と考える株取引への第1歩であること。
お金持ちになりたいといったような欲望のままに取引をやったら儲からないってこと??なんというパラドックス。

有名なセリフ『ブル(強気)もベア(弱気)も儲けることはできる。しかし欲張りは儲けられない。』

目先の利益に振り回される人間の愚かさ、そしてそれは面白いように自分にも大いに当てはまるという実際の取引経験からの事実。
株だけではなく人生そのものに当てはまりますが、全く届かないものを抑制することは人間にはたやすいが、もう少しで届きそうなものへの欲というのは恐ろしいほどにエネルギーが働くことがあるということ。
そしてそれを制御できなければギャンブルと化してしまう株取引。

数学などの知識では到底理解できない取引の奥の深さ。

プロのディーラーと呼ばれている人たちは、限りなく機械的に、私欲を排除してトレードしているそうです。でも人間心理が反映されるのに、まったく考えないというのも変な話。驚いたことにディーラーさんというのは投機のイメージが高いデイトレードが主流だということ。
また証券会社で株を進めてくる人というのは、サラリーマンで、お客さんの売買する取引手数料で食べているということ。お客さんが儲け様が儲けまいがそんなに関係ない。また彼らは営業のプロではあるがトレードのプロではないという現実。あたりまえですが、うかつに信用してはいけないみたい。他人任せで大損してしまうケースはよく聞きますね。


株取引で人間の心理を探求できるとは思わなかった。



ちなみにあすむは儲かっていません。オススメしません。
労多くして利益なし!!


株に興味を持ってしまった方がいらっしゃったら、われが1つだけ言えることは、車の運転と同じように速度を出すなら、まずそれに見合った正確なブレ-キングをしっかり覚えることが大事!!ってことでしょうか><
自分は相当用心深い方だとは思っているんだけど、それでも見事にクラッシュしてしまう。
よく言われるのが、こっちは免許取りたてなのに、回りはみんなプロのレーサーなんだそうです。ブルブル




あ~あ、株の話はできるだけ書きたくなかったのに・・・
1年前からウズウズしてたんだけど。・ω・

株取引と同時期にはじめたのが家事全般。主夫です(笑
さすがに働かずに株取引のみが許される環境じゃないのではじめたんだけど、だいぶ料理は上手くなった気がする。朝昼晩><
別な機会にわれの家事観を考察していくかもしれないし、いかないかもしれないし。。バイトはじめたので若干また環境の変化がありましたが。

世の中の主婦(主夫)の皆様お疲れ様です><







あ、ふと思った。画家の絵ってその人の生きた時代の世相を反映するんだよな~・・・だったら仮に金銭面の開放がなされたら、その人間は金銭面からの開放とともに失われるものってあるかもしれないな~・・・
同じ世代を生きた人のひとりとして描いた作品としては、何かずれのようなものが生じてきそうだな。儲かってもいないのに、寝言は寝てから言おう。
ファンタジーならいいか・ワ・




今の時世、画家で食っている人はごく少数だし、漫画家にしても一度プロになったからといってその後の保証は何もないという、かなりシビアな時代。いったいどうしたらいいんだ~!!゚皿゚*

ddd

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ぶろうくん

米沢に、『気まぐれ美術館』という完全予約制のこじんまりとした美術館があります。
自分が小さいときから存在しているんだけど(いったいいつからあるんだろう)、でも開いているところを一度も見たことがない不思議な美術館です。今でも入ったことがないです。実はとっくにやめてるんじゃなかろ~かと、その前を車で通るときに眺めているんだけど外に貼ってある美術系のポスターはちゃんと新しいものに更新されている。カナリ怪しい。
さらに普段は(いつも)シャッターが閉まってるんだけど、そこにはPOPな平面的な塗りで描かれた、謎なりんごの断片と注射器、もれ出る液体。
怪しすぎる。
そこの館長さんの鈴木さんに、ある展示会の搬入のときお会いする機会があり、他の画家さんと話をしていらっしゃったので、耳を傾けていたらこれはすごい㌧デルナ~という人だった。
いきなりオマ○コ!!オマ○コ!!を連発するではないか!!
自分の絵については『この絵は○毛のうねりを表現したんだ!!』
他人の描いた裸婦を見ては『オマ○コが出てないな~』
ちょ、ちょっとこれは危険すぎる!!この人物、いくら芸術家とはいえ公共の場でそんなことを大声で!?捕まらないのか!?(周囲の画家さんたちは大爆笑)
そこではじめて美術館のシャッターのリンゴと注射器のなぞが解けた。あまりにもPOPなために、今まで気にも留めていなかったあれは、実はあれだったのか!!ブルブル
そしてそれをモチーフにして何作も描いている事を知っている米沢の美術団体のみんなの寛大なる大爆笑、われはこの米沢、田舎には違いないがまだまだ何かあるな!?と思ったとか思わなかったとか。

さらに話を聞いていると
「この赤の表現は米沢でオレよりうまい人間はいない!!」さらに「俺は1度見たもの聞いたことを絶対に忘れない、だから大変なんだ」と、ソ~ト~なオレツエ~!!な方だった。もしかしたらホンモノに出会った初めての経験だったかもしれない。美大とかに通ったことのない自分は、ひょっとして美大ってこ~いう人ばっかなのかも!?と、ちょっとドキドキした。

彼の得意とする(と言っていた)赤の表現の自分の感想。
そのとき見た彼の作品の1枚、赤を基調とした何気ない夕焼けの風景、電柱が1本あり、電線があり、長方形のシンプルな小屋があり、小屋の前を道が走っている。全てが横と縦の線でどっしりと表現されたその絵は、とても小さく3号くらい(はがき3枚くらい)だったかのとても小さいえだったけど、とても存在感があった。
パースペクティブもまるっきり感じられない平面的な絵だったけれども、その赤で塗られた小屋の壁は、絵のための赤ではなく、紛れもなくその小屋が赤いから、その小屋自体が発している赤というか、すごかったよ~。彼の言葉も一役かったかあわずか、紛れもなく赤い絵でわれの心に一生残るであろう作品だった。

美術館は入館料300円くらいだったかな。シャッターに書いてあるはず。昔はもっと頻繁に開いていたんだけど、さすがに無人にもできないけどそんなに頻繁に人もこないし人件費、来客者にコーヒーくらい出さないといけないので今は無理なんだ~と鈴木さん。紹介しているサイトがありました↓。
http://www.j-1.net/j-1/kikaku/museum/kima/kima.htm

覚悟を決めて行ってくるかな~

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